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京都地方裁判所 昭和61年(ヨ)154号 決定 1986年5月15日

申請人

北法相宗

右代表者代表役員

松本大圓

申請人

清水寺

右代表者代表役員

松本大圓

右申請人両名代理人弁護士

村嶋修三

芦田禮一

内山正元

野々山宏

被申請人

大西真興

森孝慶

森清範

右被申請人三名代理人弁護士

北本修二

主文

一  被申請人大西真興、被申請人森孝慶、被申請人森清範は、申請人北法相宗、申請人清水寺の各代表役員松本大圓の、宗教法人「北法相宗」規則、宗教法人「北法相宗規則」施行細則、宗教法人「清水寺」規則、宗教法人「清水寺規則」施行細則に基づく清水寺境内及び同境内地内の本堂・寺務所・大講堂などの施設の占有・管理並びに財務の執行等の執行行為を、自己又は第三者をして実力を以つて中止させたり、前記施設等の執行場所への出入りを困難ならしめたり、或は報告義務を履行しない等の方法により、妨害してはならない。

二  申請費用は被申請人らの負担とする。

理由

一記録によれば、申請人北法相宗は、釈迦如来を本尊とし、六経一一論を所依の経典とし、伝燈相承の唯識の教義を弘め、儀式行事を行い、信徒を教化育成し、その他この法人の目的を達成するための業務及び礼拝の施設、その他財産の維持、管理を目的とし、その本山である申請人清水寺、塔中寺院及び末寺を包括する宗教法人で、本山たる申請人清水寺の寺務所内に宗務所を置き、かつその儀式行事に際しては右寺務所以外の申請人清水寺の境内地及び境内建物をも使用するとともにその処分管理に関しても包括団体として一定の権限を有し(宗教法人「北法相宗」規則二九条、宗教法人「清水寺」規則二八条)、もつて前記目的達成のための機関紙「清水」発行等諸々の活動を行なつていること、申請人清水寺は、開祖延鎮上人勧請の千手観世音菩薩を本尊とし、本師釈迦如来より相承の六経一一論を所依の経典とする伝燈相承の唯識の教義をひろめ、儀式行事を行い、この寺院に属する僧侶、信者を教化育成し、その他この寺院の目的を達成するための業務及び礼拝の施設その他の財産の維持管理を行うことを目的とし、申請人北法相宗の本山として同申請人に包括されるとともに、関係寺院として塔中寺院である成就院、宝性院、慈心院、延命院、泰産寺、来迎院、真福寺を有する宗教法人で、その境内地及び本堂、大講堂、寺務所等の境内建物を所有占有して前記目的達成のための諸活動を行なつていること、申請人北法相宗は宗教法人「北法相宗」規則(以下「宗規」という。)、申請人清水寺は宗教法人「清水寺」規則(以下「規則」という。)により、いずれも、三名の責任役員を置きうち一名を代表役員とし、事務の決定は責任役員の定数の過半数の議決で決し、代表役員は法人を代表し事務を総理する旨規定している(宗規五条、七条、八条一項、規則六条、九条一項二項)ところ、申請人北法相宗の代表役員は同申請人の管長の職にある者をもつて充て(宗規六条一項)、右管長には申請人清水寺の代表役員が就任し(宗規六条二項)、代表役員以外の責任役員は申請人北法相宗所属の僧侶のうちから代表役員が任命する(宗規六条三項)こととされており、また申請人清水寺の代表役員は同申請人の住職をもつて充て(規則七条一項)、右住職は、申請人清水寺の代表役員以外の責任役員及び塔中寺院住職と同数の信徒(信徒総代を含む。)が協議又は選挙により選定し(規則七条二項)、申請人北法相宗の宗制により同申請人の管長が任命し(規則七条三項)、代表役員以外の責任役員は、申請人清水寺所属僧侶のうちから、代表役員が申請人清水寺の塔中寺院の住職及び信徒総代と協議の上選定し、申請人北法相宗の管長が任命する(規則八条一項)こととされていること、松本大圓は、昭和五八年四月一一日、大西良慶の死亡により空位となっていた申請人北法相宗の管長及び代表役員、及び申請人清水寺の住職及び代表役員に就任し、また、被申請人大西真興、同森孝慶両名は、右同日申請人北法相宗及び同清水寺の各責任役員にいずれも就任したこと、松本大圓は宝性院の、被申請人大西真興は成就院の、同森孝慶は延命院及び来迎院の各住職でもあり、被申請人森清範は真福寺の住職であることが一応認められる。

二被申請人らは、昭和六一年二月二一日申請人清水寺の大講堂会議室において開催された規則七条二項所定の「清水院の代表役員以外の責任役員及び塔中寺院住職と同数の信徒(信徒総代を含む。)」によつて構成された住職選定会議が申請人清水寺の住職松本大圓を解任する旨を議決したことにより、松本大圓は申請人清水寺の住職の地位を解かれるとともに、同申請人の代表役員たる地位及び申請人北法相宗の代表役員、管長たる地位をも失つたし、更に念のため右住職解任を議題として同年三月二三日再度開催された住職選定会議によつて、松本大圓の申請人清水寺住職解任が重ねて議決された旨主張するところ、記録によれば、以下の1ないし6の事実が一応認められる。

1  被申請人森孝慶は、昭和六一年二月一五日付で、清水寺長老の肩書により、古都税問題に対する取組方及び今後の運営等につき協議願いたく、清水寺責任役員・一山僧侶及び信徒総代会なる会議を、同月二一日午後四時清水寺大講堂会議室において開催するので参集されたい旨の通知を、申請人清水寺の責任役員、関係寺院である塔中寺院の各住職、信徒総代らに対しなした。

2  右通知により、申請人清水寺責任役員兼延命院住職兼来迎院住職である被申請人森孝慶の外、申請人清水寺責任役員兼成就院住職被申請人大西真興、真福寺住職被申請人森清範、泰産寺住職福岡精道、慈心院住職森孝忍、信徒総代吉村孫三郎代理人吉村喜陽子、信徒総代西村公朝、信徒総代吉本惣吉、信徒総代林屋辰三郎代理人西村公朝らが、同月二一日午後四時清水寺大講堂会議室に参集し、被申請人森清範を議長として会議が始められたが、途中松本大圓の申請人清水寺住職解任が議題となり、これを協議決議のため規則七条二項に規定の「清水寺の代表役員以外の責任役員及び塔中寺院住職と同数の信徒(信徒総代を含む。)」によつて構成される住職選定会議を開催するとして、その構成員に小杉源蔵、平塚和之の二名を信徒として急きよ加え、賛成八名(被申請人三名、福岡精道、森孝忍、吉村孫三郎代理人吉村喜陽子、小杉源蔵、平塚和之)、反対三名(西村公朝、吉本惣吉、林屋辰三郎代理人西村公朝)の決議をもつて、松本大圓の申請人清水寺住職解任を可決した。

3  被申請人ら及び右会議に出席した塔中寺院住職らは、右住職解任決議により松本大圓は申請人清水寺の住職を解かれ、その結果申請人清水寺の代表役員及び申請人北法相宗の代表役員、管長たる地位をも失つたとして、右同日、規則一一条一号、一二条一項により、申請人清水寺代表役員代務者に被申請人森孝慶を選定し、また申請人北法相宗の責任役員でもある被申請人大西真興、同森孝慶両名は、宗規一〇条一号、一一条一項より、その互選によつて被申請人森孝慶を申請人北法相宗の代表役員代務者と定めた。

4  被申請人森孝慶は、右の結果に基づき、昭和六一年二月二五日、申請人両名の代表役員代務者として、申請人両名につきいずれも同月二一日代表役員松本大圓解任、同日代表役員代務者被申請人森孝慶就任の代表者変更登記手続申請をなしたが、申請人北法相宗に関しては申請人清水寺の代表役員につき退任を証する書面の添付がなく、申請人清水寺に関しては申請人北法相宗管長の解任書(任命書)の添付がなく、申請書に必要な書面の添付がないとして、いずれも申請を却下された。

5  被申請人森孝慶は、昭和六一年三月一八日付で、念のため松本大圓の申請人清水寺住職解任を再度協議決定することもあり得るとして、右解任等を議題とする規則七条二項を定める責任役員、塔中寺院住職、信徒(信徒総代)による住職選定会議を同月二三日午後六時清水寺大講堂会議室において開催する旨の招集通知を発した。

6  右招集通知により前回同様の被申請人ら、泰産寺住職福岡精道、慈心院住職森孝忍、信徒総代吉村孫三郎(但し、今回は本人出席)、信徒総代西村公朝、信徒総代吉本惣吉、信徒総代林屋辰三郎代理人西村公朝らが右期日に清水寺大講堂会議室に参集し、被申請人森清範を議長として会議が始められ、前回同様、小杉源蔵、平塚和之の両名を信徒として構成員に加えたのち、議長である被申請人が提案した松本大圓の申請人清水寺住職の任を解くとともに念のため同人の申請人清水寺代表役員、申請人北法相宗の代表役員、管長の任もこれを解くとの議案を、賛成八名(被申請人三名、福岡精道、森孝忍、吉村孫三郎、小杉源蔵、平塚和之)、反対二名(西村公朝、吉本惣吉)、保留一名(林屋辰三郎代理人西村公朝)の議決で可決した。

三そこで、右住職解任決議の効力を検討するに、申請人清水寺の住職選任に関する規定は前記認定のとおりであるが、その解任については、宗規上も規則上も何ら規定されていないことが明らかである。

1  ところで、被申請人らの住職解任に関する前記主張は、申請人清水寺とその住職との関係は無償委任の関係であり、したがつて、その解任につき規則中に規定がなくとも、民法六五一条によりいつでも解任できるとの前提に立つものであるが、申請人清水寺の住職たる地位は、その代表役員たる地位と異なつて、世俗上の地位ではなく宗教上の地位であり、その選任及び解任行為は宗教上の信頼関係に基づく宗教上の地位、権能の付与ないし剥奪であるから、これを世俗上の法律関係たる無償委任とみることはできないし、宗教行為としてまさに当該宗教団体の自治にまかされた事項と解される。したがつて、申請人清水寺の住職を民法六五一条によつて解任することはもとよりできず、被申請人らの右主張は採用の限りでない。

2  仮に、前記のとおり宗規上も規則上も住職解任の規定を欠くとはいえ、住職の任命権者はその解任権限をも有すると解する余地があるとすれば、申請人清水寺においては、解任権は、被申請人らが主張するような住職選定会議にあるのではなく、住職任命権者である北法相宗の管長が有し、ただその行使については、住職候補者の選定権を有する住職選定会議の協議又は選挙の結果に基づいてこれがなされることを要するものと解すべきこととなる。したがつて、申請人北法相宗管長による申請人清水寺の住職解任行為の存しないことが明らかな本件においては、被申請人ら主張の住職選定会議による住職解任決議が存するとしても、その効力を生ずるに由ない。

そもそも、宗規及び規則上からみると、申請人清水寺住職が同申請人代表役員に、同役員が申請人北法相宗管長に、同管長が同申請人代表役員に順次充てられ就任するとの定め(宗規六条一、二項、規則七条)、いわゆる充当制の採用の結果、申請人清水寺住職は、在任中、申請人北法相宗管長と同一人格者であつて、自らの意思に基づき辞任することはあり得ても(この際、登記手続上解任の形式を採ることがないとはいえない。)、実体上任命権者の一方的意思表示によつて解任されるとは予想されていないと解するのが相当である(念のため付言すると、前記認定事実によれば、昭和六一年三月二三日開催の住職選定会議では、松本大圓の申請人清水寺住職の任を解く旨だけでなく、同人の申請人清水寺代表役員並びに申請人北法相宗管長及び代表役員の任をも解く旨議決しているが、松本大圓の申請人清水寺代表役員並びに申請人北法相宗の管長及び代表役員への就任は、充当制の採用によりこれが当然になされ、選任手続を必要としないものであり、これにつき規則七条二項所定の住職選定会議は何ら権限を有しておらず、したがつてその解任権も有しないから、住職選定会議が、申請人清水寺代表役員並びに申請人北法相宗管長及び代表役員の解任を議決したところで、その効力が生ずる余地はないものである。)。

なお、被申請人らは、右認定と異なり申請人清水寺の住職の選任権及び解任権に関し、これが申請人北法相宗管長ではなく規則七条二項所定の住職選定会議にあるとの前提にたち、その根拠として右のように解しなければ、申請人清水寺住職及び申請人北法相宗管長は同一人が就任することとなつているのであるから、これが死亡等により欠けた場合には、住職、管長が共に欠けることとなり新たな住職の選任が永久にできないといつた不合理な事態となつてしまうし、現に申請人北法相宗の管長及び代表役員並びに申請人清水寺の住職及び代表役員であつた大西良慶が死亡の際はまさにこれに該当する場合であつたが、実際にはその後任に就任した松本大圓は、規則七条二項所定の住職選定会議の選挙によつて申請人清水寺の住職に選定されたもので、かつ、その任命については松本大圓自らが申請人北法相宗の管長を名乗つて自らを申請人清水寺住職に任命しているところ、右選任手続は、住職選定会議の選任により当然に松本大圓が申請人北法相宗管長にも就任することとなること、即ち、住職選定会議に申請人清水寺住職の選定権だけでなく任命権もあることを前提として始めてこれを正当なものとして是認できるはずである旨主張する。しかしながら、右のごとく申請人清水寺住職が欠けると同時にその任命権者たる申請人北法相宗管長も欠けることとなる場合の住職選任につき、規則に規定がないからといつて新住職が永久に選任できなくなるといつたことはもとよりあり得ず、右のような場合には慣行があれば慣行により、それもなければ条理に従つて新住職を選任することとなると解されるし、これをいま本件についてみると、記録によれば、松本大圓を申請人清水寺の住職に選任した際の手続は、外観上、規則七条二項、三項の規定に基づきなされたかの如くではあるが、その任命権者が死亡により存せず、右規定による選任は不能の場合であつたから、右規定による選任があつたとみることはできず、むしろ右選任手続は条理に従つてなされた選任手続としてその正当性を有するものであることが一応認められるのであつて、前記被申請人らの主張は採用できない。

3  さて、前記のとおり申請人清水寺住職の解任は宗規及び規則上予想されておらず、本件全疎明資料によるも右住職解任の慣行の存在が疎明されない以上、被申請人ら主張のとおり、住職に犯罪等の著しい非行があり、その選任の基盤にあつた宗教上の信頼関係が既に失われるに至つていると認められるにかかわらず、当該住職が辞任もせずに住職として居すわり続けるといつた不合理な事態が発生することもあり得ないことではない。しかしながら、その故に本来住職候補者の選定権を有するに過ぎない規則七条二項所定の住職選定会議が住職の選任権更には解任権をも持つとまではもとより解せないし、むしろ右のような事態にまで至つた場合には、条理上、申請人清水寺及びその包括団体である申請人北法相宗の構成員の総意によつて当該住織を解任することができるものと解すべきである。そこで、本件につきこれを検討してみるに、右による解任が条理に適合し有効なためには、少くとも、住職選任の基盤にあつた宗教上の信頼関係が失われたと認め得るに足るような解任事由が存し、かつ、解任手続が申請人両名の構成員の総意に基づくものと認められるに足るような手続であることを要するというべきところ、その解任事由の有無はさておくとしても、被申請人らが二度にわたつて解任を議決した規則七条二項所定の住職選定会議は、既に述べたごとく申請人清水寺の住職候補者の選定権を持つに過ぎず、住職選任につきその構成員の意向を反映させる機能を有することは一応認め得るとしても、これが直ちにその構成員の総意に基づくものとは即断できないばかりか、右住職選定会議の構成員たる信徒は、申請人清水寺備付の信徒名簿に登録された者でなければならない(規則二二条一項)にかかわらず、前記認定の二度にわたる解任決議に信徒として加わつた小杉徳蔵、平塚和之両名についてはこの点についての疏明がなく、右住職選定会議自体適式に構成されたものかどうかも疑わしいこと等に鑑みると、その解任手続が申請人両名の構成員の総意を反映した手続であつたとは到底言えないし、他にこれを肯定するに足る疏明もない。したがつて、この点で既に被申請人ら主張の住職解任決議の効力発生を肯認することのできないことが明らかである。

四以上の次第で、被申請人ら主張の規則七条二項所定の住職選定会議による松本大圓の申請人清水寺の住職の任を解く旨の決議の効力は発生するに由なく、したがつて、現在も松本大圓が申請人両名の代表役員の地位にあり、その代務者を選任すべき場合に該当しないことが明らかであるにもかかわらず、被申請人らは現在に至るも、松本大圓は住職選定会議の解任決議によつて申請人清水寺の住職を解任されるとともに、申請人清水寺の代表役員並びに申請人北法相宗の管長及び代表役員たる地位を失い、被申請人森孝慶が申請人両名の代表役員代務者に選任されたと主張し、ただその代表役員解任と代表役員代務者就任についての登記申請がいずれも却下されたことと、申請人両名の代表者印を松本大圓が所持していることから、申請人両名の事務処理上松本大圓の協力を不可欠とする事項については同人の協力を得てこれを処理しているものの、その他の申請人両名の事務の決定、執行からは同人を一切排除し、もつて同人に何ら了解を得ずに申請人清水寺所有の大講堂等を外部の第三者らに使用させたり、申請人両名宛にきた書簡等を松本大圓のもとに届けない等をはじめとして、松本大圓が申請人両名の代表役員として申請人清水寺所有の境内地及び境内建物を占有使用して行なう申請人両名の事務を妨害していることは、既に認定の事実及び記録によつてこれが一応認められる。

また、右事実に鑑み、真正な代表役員が存するにかかわらず、その地位を争つて代表役員代務者を僣称して右代表役員の事務執行を妨害する被申請人らの行為を現状のまま放置するときは、申請人両名における事務の混乱は深まるばかりであつて、申請人両名に回復し難い重大な損害をも与えかねないことが明らかである。

五そうすると、申請人清水寺所有の境内地及び境内建物につき、これを占有管理してその活動を行なつている申請人両名が、右所有権ないし占有管理権に基づきその各代表役員が右土地建物において行うべき各申請人の事務執行等の妨害禁止を求める本件仮処分申請は、その被保全権利及び保全の必要につき疏明があるから、これを正当として認容すべきである。

よつて、申請費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項を適用し、申請人両名に共同して被申請人らそれぞれに対し各金五〇万円の保証を立てさせた上、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官鐘尾彰文 裁判官水口雅資 裁判官上田昭典)

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